雄飛・創造・すぐ実行

3.11~2:46 ( 2012/03/11 )

 3月11日、2時46分。昨年のこの日、この時間は東北大震災の日である。2時46分は私がテレビで見た被災個所の止まった時計の時刻である。地震で止まったのか、津波で止まったのかは定かではない。この2~3日は夜の飲み方?が無かったので大震災の特集番組をそして今日11日はたまたま行事も無かったので大震災のテレビ番組をみて過ごした。
 昨年の7月末に同僚議員と被災地に行き、その自然の脅威、凄まじさを身をもって感じ、必ず被災地は復興すると信じながら今日に至ったが被災地を見るだけでは被災にあった人達の苦しみ、悲しみを聞く事も出来ず、ただテレビで地震の被害状況等を見るたびに涙したのを思い出す。それから時間もたち、涙する事も無く、政府の復興対策の遅れに腹立たしさを感じてきた。この2~3日は大震災のテレビをみながら、涙した。その中で(下記添付新聞記事の事)がテレビで放映された時には涙が止まらなかった。「おらは良いから、後ろ向かねえで早く車走らせろ!頑張って生きろ!」声に押され急発進した後ろから「バンザイ!」と家族の脱出を喜ぶかのような叫び声。被災された方々の悲しみ、苦しみを自分におきかえると言葉がでない。
 被災者の方々、しばらくは3.11の悲しみとの葛藤が続くだろうけど頑張ってほしいと願わずにはいられない。
 それにしても「絆」とはなんだろう。今日のテレビコマーシャルで私の勘違いかも知れないが「絆」と言う言葉をつかって「宮崎牛」の宣伝みたいな画面を見たけど、事実とすれば常識を疑いたくなる。
「瓦礫処理」も昨年の7月に仙石氏が瓦礫処理は国がやります。県がやります。と言いながら遅々として進まない。法律にしばられる政府の復興対策には腹立たしさを感じる。本県も400㎞の海に面し、何時同じような地震に見舞われるかもしれない。瓦礫受入れを表明していない本県がその時に他県に瓦礫処理の受入れをお願いできるだろうか。
 本県も安全を前提に瓦礫の引き受けを表明し、「痛み」を分かち合ってこそ、「絆」と言えるのではないのか。それなりの支援物資を提供して「絆・絆」と発信するのは余りのも軽々しい。本県も400㎞の海に面し、何時同じような地震に見舞われるかもしれない。その時に他県に瓦礫処理をお願いできるだろうか。人間、立場をかえて考える事は大事な事だ。
20120312-sinnsai2

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